筋筋膜性疼痛症候群・トリガーポイント施術 ラムサグループ

「老い」

横浜からの電話で、次男一家が夏休みにやって来るような話をしていると家内が言う。
私の足腰が弱り、出かけて生けないようになって六年ばかりにもなる。孫たちにも久しく会っていないので、成長した姿を見たい気もするが、九十歳になってから、何をするのも煩わしく、人と話をするのも大儀になって来たので、帰って来るなと返事をさせた。
 
同世代の知人の殆どが鬼籍に入り、常日頃寂しい思いをしては居るが、格別親しくした友人と現実に会う機会を与えられたとしても、かつてのように会話を交わすことは出来ないのかも知れない。
 
私自身の体力、気力が衰えたこともさることながら、最近の世の遷り変わりの激しさは、彼等との距離を一層遠いものにしているのではと思われ、浮き世の出来事を話題にしても、彼等にはチンプンカンプンで通じないに違いない。
 
若い人に昔話を聞かせるには、死語となったものなど、しばしば注釈を必要とする煩わしさがあるが、故人との間にも同様の説明を必要とするということだろう。
時間の流れは時代とともに速くなっているようだから、自分自身があの世に移ったら、たちまち無知蒙昧の類に入れられることになるのだろう。
 
待てよ、テレビコマーシャルを見ても、何を宣伝しているのか分からず、耳にする若者の言葉がしばしば理解出来ない事がある。さては、もう冥土とやらに来ているのではないかな。
頬辺(ほっぺた)と抓ってみる。やっぱり痛いようだから、まだこの世に居るのかな。
 
(平成二十五年五月十九日)
 

ramtha / 2013年9月23日