今朝の毎日新聞の一面トップ記事は、「仏週刊誌でテロ十二人死亡 覆面男三人銃乱射 イスラム風刺画影響か」と題して、イスラム過激派による白昼のテロ事件を大々的に伝えているが、その本文の一部を転記する。
被害を受けた「シャルリー・エブド社」は2006年と 2011年にイスラム教の預言者ムハンマドを侮辱する内容の風刺画を掲載。
2012年には抗議デモがアジアや中東の十カ国以上に広がり、仏政府は二十カ国で大使館や学校を閉鎖する事態になった。同社は七日には、シリアやイラクで勢力を広げるイスラム過激派「イスラム国」のバクダディ指導者の風刺画をTwitterに掲載していた。
男たちは犯行当時「預言者のかたきだ」と叫んでおり、イスラム過激派に影響を受けた可能性が高い。(中略)
オランド大統領は事件を受け「表現の自由のシンボルであるメディアが攻撃された。フランスは自由を守るために結束し、容疑者を見つけ出す」を述べ、 事件解決への強い決意を示した。(後略)
これを見て「またか」というのが私の第一印象であった。「シャルリー・エブド社」は風刺専門の週刊誌ということであり、前にも同様な経験をしているようでもあるから、反発は覚悟の上のことであろうが、イスラム社会とキリスト教社会の対立が先鋭化しつつある時に、ことさら紛争を煽ぎ立てる企画をしたのは理解に苦しむ。
先日の北朝鮮の金正恩第一書記暗殺計画をテーマにした映画製作についても同じ意見を述べたが、立場を変えてキリストを愚弄するような風刺画を見せられたら、キリスト教徒は不快に思うに違いない事は明白なことで、彼らは何を目的にこの風刺画を制作したのだろう。
風刺画掲載の週刊誌の編集長以下犠牲となった社員は覚悟の上のことで、名誉の戦死として本望であったのかも知れないが、結果的には無関係な一般市民まで巻き添えにした事は忘れてはなるまい。
この度の銃乱射はもとより許されることではないが、その原因となった風刺画を、オランド大統領をはじめ欧米社会も日本のマスコミも表現の自由を盾に守られねばならんとし、今回の攻撃を一方的に非難している。しかし他人の信仰心を愚弄し傷つける作品でも、表現の自由で守らなければならないものだろうか。私には理解できない
(平成二十七年一月八日)
ramtha / 2015年6月15日