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本書の舞台は、数万年前の「旧石器時代」である。
旧石器時代には、人々は野山にいる動物を狩猟し、野性の有用植物を採集し、いわば自然の恵みをそのまま利用して生活していた。これに続いて1万2000年前以降に始まる「新石器時代」には、イネやコムギなどの栽培や、ブタやウシやニワトリなどの飼育が盛んになる。つまり人々が動植物の成育をコントロールし、食糧を主体的に生産する農耕や牧畜がはじまったのである。こうした食糧入手方法の違いは、生活の基本的なあり方に大きく影響した。
旧石器時代の狩猟採集生活では、ふつう季節などに応じて住まいを移動する。例えば秋口には河川を登ってくるサケを狙い、冬はシカ狩りのために山へ入るというように、獲物の行動や植物の成長に合わせて活動しやすい場所へと生活拠点を移動するのである。そういう狩猟採集民たちは立派な家を作ったり、大型の家具を持ったりはしない。どのみち移動するわけだから、そういったわずらわしいことはしないのだ。旧石器時代の遺跡を調べても、極端に寒かった地域を除いて、立派な住居の痕跡は見つからない。
しかし新石器時代の農耕民にはそれはできない。彼らは作物の世話をするため、通年同じ場所に留まるようになる。つまり、定住化がはじまるわけだ。人々が重厚な家を作り、石の臼だとか、巨石建造物みたいなものを残すようになったのは、そういう生業変化がおこった後のことなのである。
ここで極めて大事なのは、このような後期旧石器時代から新石器時代への移行過程で、人類は新たな種に進化していない、という点だ。新石器時代の食糧生産と定住化は、結果的に集落の組織化とそれに続く複雑な都市文明を生む呼び水となったので、旧石器と新石器の間の違いは劇的に見える。しかし両者の移行は、おそらく数千年をかけて緩やかに起こったものだし、どちらの文化も担い手は私たちホモ・サピエンスだったのである。
330万年ほどの長い歴史がある旧石器時代は前期・中期・後期に大別される。そして先述のケースとは異なり、この変化は人類の生物学的進化と関連している。研究が進んでいるヨーロッパの例を見る。
ヨーロッパでは、基本的に、4万5000~4万3000年前にはじまる後期旧石器文化を生み出したのがクロマニヨン人で、それ以前の中期旧石器文化を担っていたのが旧人のネアンデルタール人だった。この二つの文化は大きく異なるのだが、一言でいえば、その違いは際立った創造性の有無にある。
クロマニヨン人たちは繊細で多様な石器を作ったが、それだけでなくネアンデルタール人があまり目を向けなかった有用な道具素材を積極的に活用した。それは動物の骨や角である。緻密な石からは硬くて鋭い石器を作れるが、石を、例えば細長い針状に加工するのは至難の業だ。ホモ・サピエンスであるクロマニヨン人たちは、それを骨や角を使って実践し、新しいタイプの槍先を発明するなど、道具の種類を格段に増やした。やがて彼らは、人類史上の大発明に加えてもよい骨製の「縫い針」を持つようになったし、後期旧石器時代の末期には、魚とりの専用具である角製の銛(もり)が出現する。
違いは道具文化だけに留まらなかった。彼らはビーズやペンダントを作って身を飾り、楽器で音楽を奏で、そして洞窟の壁に絵を描いた。ネアンデルタール人の中期旧石器時代とはうって変わり、美術や芸術が爆発したのである。ネアンデルタール人も死んだなかまを埋葬したが、後期旧石器文化の墓はそれに副葬品が加わるなど、死者への接し方に違いが見られる。
これを見て教えられたこと感じたことを整理してみる。
① ホモ・サピエンスの祖先が出現したのは5~4万年前で旧石器時代から新石器時代への移行は1万2000年前ということだから、1万2000年以前の古代のホモ・サピエンスは旧石器時代の生活をしていたことになる。とすれば、彼らは、もっぱら狩猟採集によって食糧を獲得していたという点では、野獣の生き方とさして変わらない。穀物や野菜を栽培し、家畜を飼う知識を手に入れた新石器時代に入って、ようやく人間らしい生活をするようになったと言えるのではと思われるが、どうだろう。
② そうしてみると、人類が採取狩猟の生活から脱却し人間らしい生活をはじめてから、巷に近代機器の溢れる今日のレベルに到達するまでのスピードは、思いのほか早かったのではないか。
③ 考えてみると、戦後7十年の今の日本の繁栄など、終戦直後、焼け野原が広がる東京の風景を目にした老骨には夢を見ているように思われる。裏返して言えば、復興から繁栄へのスピードは加速度的に速くなっており、「やれ不況の、デフレの」と言われながらも、戦争さえなければ、その勢いは今後とも増すばかりではなかろうか。
④ しかし、それは人類の幸せとは無縁のものであるに違いない。今日世界の先端を行くアメリカでも、人口の1%の富裕層が大半の資産を保有し、99%の人々がその日暮らしをする格差社会となっていると聞く。
世界中で最も格差の少ないと言われる日本でも、近年では経済格差が拡大し、若年層の労働者は、派遣社員などの不正規雇用の者が多く、結婚して家庭を構えることなど難しくなったと言われる今日、明るい話題を耳にすることは稀である。
ramtha / 2016年5月22日