昨日の毎日新聞には兵庫県立大大学院教授の筒井孝子女史が「国力相応の社会保障」と題する次のような論説を載せている。
社会保障制度は、その国のかたちをよく表わしている。日本では公的健康保険制度に加入義務があるのに対し、米国では義務はなく、個人の意志や能力によって保険の契約内容が変わる。また入る保険の種類によって受けられる医療の範囲が限られる。医療費の負担も日本では二~三割が一般的なのに対し、米国では加入する保険会社などによって変わるため、医療の提供に明確な貧富の差が生じる。
日本の社会保険制度はこれまで公平性、公正性を重んじてきた。医療では受診する医療機関を自由に選べるフリーアクセスを維持し、家族が担っていた介護の負担を公的のサービスに変えた介護保険制度もよくできている。
国民に富(所得)の再分配をすることが社会保障制度の大きな役割の一つだが、その分配が今、うまく機能しなくなっている。なぜか。少子高齢化が進み、働き手が減って税収が落ちた。医療や介護などのサービス給付には必ず負担が必要だ。年間百兆円の給付を賄うため現役世代の保険料や税負担は増えたが、国債という借金に多く依存しているのが実態だ。
国内総生産(GDP)の規模など、その国の身の丈に合った社会保障の姿があるはずだ。日本の制度は分不相応なところまで来てしまったと思う。給付に見合う負担を試算し、示す努力をこの国はしてこなかった。消費税増税を再延期しても、これまで通り病院にかかることができ、国民はその影響が直接には分かりにくい。しかし、各党の政策を評価する際、本当に大丈夫なのか気を付けて見ていく必要がある。
都道府県では現在、二〇二五(平成二七)年に向けた「地域医療ビジョン」を策定中だ。地域の実情にあった医療提供体制の再構築が目的だが、ほとんどの県で病床を減らすことになる。簡単には入院できなくなり、入ってもすぐ退院となる。主に療養上の世話を提供していたような病床は大幅に削減される。その結果、年老いた親の預け先がない。介護するために離職しなければならない、そんな事態が身近に起きて初めて、大変な問題だと実感されるだろう。
地域医療ビジョンの推進は市町村等が主体となり、医療、介護、生活支援といったサービスを統合して提供する「地域包括ケアシステム」の構築が前提だ。これは住民が地域に見合った仕組みを自律的に運営していくことを意味するが、このシステムの実現なくしては、社会保障制度の持続は難しいだろう。
日本の社会保険制度には長年お世話になって来ているが、その内容に付いてはよく知らない。そこで先ずその概要を手元の広辞苑に尋ねて見る。
- 赤字国債=国家が歳入不足を補填するために発行する国債。特例国債。歳入補填国債。⇒建設国債。
- 健康保険=常時五人以上の従業員を使用する事業所、または法人の事業所に適用される被使用者医療保険。大正十一年法制化。
- 健康保険法=健康保険を規定した法律。保険の運営には政府の管掌するものと健康保険組合の管掌するものとがある。保険料は被保険者と事業主とが折半で負担。
- 医療組合=医療利用組合の略。特に農村地域において組合員の出資により診療所を設け、低料金で診療を受けることを目的としたもの。大正十一年長野県に始まり、全国に広まった。
- 医療ソーシャルワーク=医療機関において行なわれる、疾病や心身障害などによって起こる患者・家族の精神的・社会的・経済的な問題に付いての相談・援助。
- 医療福祉=保健・医療・福祉の連携による総合的な社会福祉サービス。
- 医療扶助=生活困窮者の疾病・負傷に対して行なわれる医療のための給付。生活保護法に規定。
- 医療保険=健康保険・国民健康保険など医療保障を扱う社会保険の総称。
- 医療補償保険=生命保険の一種。健康保険の自己負担分、差額ベッド代などの支払いが目的。掛け捨て型。
- 国民皆保険=本人または扶養家族として、全国民が医療保険に強制加入すること。日本では一九六一(昭和三六)年度に実現。
- 国民健康保険=健康保険法の適用を受けない農民・白営業者その他の一般国民を対象とし、疾病・負傷・死亡等に関して療養の給付等を与えることを主たる目的として設けられた社会保険制度。一九三八(昭和一三)年の国民健康保険法に基づく。同法は国民皆保険を目指して一九五八(昭和三三)年全面改正、市町村および特別区が運営。略称、国保。
- 国民皆年金=全国民が何らかの形で公的年金制度の受給権者になること。日本では一九六一(昭和三六)年度実施の拠出型国民年金により実現。
- 厚生年金=常時五人以上の事業所または法人の事業所の従業員に老齢年金・障害年金・遺族年金などを支給するための政府管掌の社会保険。一九四四(昭和一九)年厚生年金保険法により創設。現行制度では、いわゆる二階建て年金のうち老齢厚生年金など二階部分を給付。
- 厚生年金基金制度=調整年金の政称。
- 調整年金=厚生年金基金制度の通称。企業年金の一種。公的年金である老齢厚生年金の運営を企業が代行する制度。積立金運用の外部委託、企業独自の上積給付などの法的義務がある。一九六六(昭和四一)年発足。⇒適格退職年金。
- 適格退職年金=法人税法適格退職年金制度の通称。企業年金の一種。税制上の適格要件を備えると企業負担の損金処理が認められる。一九六二(昭和三七)年発足。
- 失業保険=社会保険の一種。政府・雇用主・労働者の三者が相寄って基金を積み立て、労働者が失業した際、ある期間一定金額を失業者に給付するもの。一九四七(昭和二二)年に法定、七五(昭和五〇)年の法改正で雇用保険となる。
- 雇用保険=社会保険の一種。一九七五(昭和五〇)年旧来の失業保険に代わって創設され、失業者本人に対する失業給付のほかに、事業主の行なう雇用改善・能力開発事業に対する助成等も行なう。
以上を見て感じること考えることを整理してみる。
① 健康保険は古く大正一一年に始まっているが、当初はブルーカラーを対象としたものであったと記憶している。今のようにホワイトカラーも含まれるようになったのは確か終戦直前のことであったと思われる。いずれにしても古い歴史を有するもので、当時の日本の国力からすれば、思い切ったことをしたものだと思われる。このことからみても、日本はもともと社会主義的な国であったものと思われる。
② 外国のことは知らないが、日本の社会保障制度は行き届いたものと言えるのではないか。それも戦後の経済発展に支えられてのことであったに違いない。それがバブル崩壊によって経済が停滞し、少子高齢化が進むにつれて現行制度の維持が困難になってきた。
③ 国の社会保障はその国の経済力によって支えられている。だから支える力が減少すれば、それに合わせて社会保障も削減しなければ、いずれは破綻することになる。
しかし、経済が下向きの時こそ、国民の社会保障に期待する度合いは高く、それを縮小するなどは、国民大衆にとって不人気な措置である。従って選挙のことを考える政治家は、与野党を問わず、この問題を棚上げ先送りにし、財政が耐えられないときは、赤字国債を発行して穴埋めをしてきた。
④ その赤字国債が積もり積もって巨額に上り、少子高齢化とともにこの制度の維持が憂慮される事態となっている。その原因は前述の通りであるが、今さらその経緯を悔やんでも問題の解決にはならない。
今こそ、社会保障に関するあらゆるデータを国民の前に曝(さら)け出し、如何になすべきか真剣に討論して解決策を見出さねばならない。それが今の政府に与えられ、かつ逃れられない使命である。
⑤ 国政に関しては、このような問題が各所に山積していると思われる。そして、そこに至る経緯については、その責任を追求しても問題の解決にはならない、あるいは古いことで、もはや時効に該当するだの、当時の政策担当者が既に故人となっているだの、という理由で、その責任は有耶無耶にされてしまってきている。
⑥ 確かに過去の責任を追求しても、当面の問題解決にはならないが、今後政治家や公務員の執務態度に緊張感をもたらせる上で、問題解決とは別に、当時の責任者を明らかにする制度を作ってもらいたいものと思われるが、如何なものであろうか、諸賢のご見解を承りたいものである。
ramtha / 2016年7月25日