筋筋膜性疼痛症候群・トリガーポイント施術 ラムサグループ

「世襲」

昨年の衆議院議員選挙の折、政治家の世襲を批判する記事が新聞紙面に登場した。その後政権交代してからは、安倍内閣の金融緩和政策の放送効果による円安、株価上昇で、マスコミの関心はそちらへ移り、世襲問題は陰を潜めてしまった。しかし、問題が解消されたわけではなく、次の国政選挙の時には、また問題として取り上げるのではと思われる。
世襲とは、その家の地位、財産、職業などを嫡系の子孫が代々受け継ぐ事をいうが、歌舞伎役者の世界をはじめ、芸能人、医師、商家、町工場など多くの業界でみられるところであるが、跡継ぎのあることを祝福されることはあっても、非難されるということはない。

サラリーマンの子弟の多くはサラリーマンというケースが多く、これまた世襲といえるのではないか。

農家は何百年という歴史を持つ典型的な世襲であるが、近年は跡を継ぐべき子どもが都会へ出て行き、心ならずも休耕田とするなど、世襲の崩壊が心配されている有様である。

こう見てくると、ほとんどの職業が親の跡を継いでることになるが、どうして政治家の世襲だけが批判されるのだろう。

政治家には俗に地盤(支持者)・看板(知名度)・鞄(選挙資金)といわれる三大条件が必要とされ、選挙に当選するには、これらを準備しなければならないが、それは容易なことではない。世襲候補者は、これらを苦労することなく、親からそっくり譲り受ける事ができるわけで、世襲でない候補者と比べると、格段に有利なことは確かである。

歌舞伎の世界でも、外部の者が入門を志し、一人前の役者として舞台に立つまでには大変な苦労があり、途中で脱落する者も少なくないと聞いている。一門の子弟が襁褓(おしめ)がとれたばかりで舞台に上がるのとは大変な格差であるが、それは不合理だという話は聞いたことがない。

私の兄は、生前歯科医院を営んでいたが、甥はその診療所を医療機器はもとより、従業員から馴染みの患者まで、一切を引き継いで歯科医師をしている。新規開業と比べればずいぶん気楽なスタートである。しかし周りの人から祝福されることはあっても、非難されたなどということは聞かない。ただ歯科医師免許は親から譲り受けるという訳には行かず、本人が九州大学歯学部で学び資格を取得している。



考えてみると、世襲は商家や町工場などでも親から建物・設備や顧客は譲り受けて、苦労知らずにスタートできるが、本人にその道の才覚が無ければ、たちまち行き詰まり、「売り家と唐様で書く三代目」となりかねない。

政治家の世襲も、看板・鞄は親から譲り受けても、政治家としての力量は自ら努力して身に付けなくてはならない。しかし、その力量を判定するのは選挙で有り、選挙民である。看板や鞄に引かれて政治家としては不適当な世襲候補を選んだとすれば、それは投票した選挙民の迷妄が非難されるべきことで、それをもって世襲政治家全てを否定することは、論理の逸脱である。



次に世襲のメリットを考えてみる。

「子は親の背中を見て育つ」と言われるが、世襲の利点はさまにここにある。営業と居住が同じ家屋で行われる商家や家内工業などは、文字通り子どもは親の仕事ぶりを毎日見て、「門前の小僧習わぬ経を読む」ことになるが、サラリーマン家庭のように親の仕事をする姿を見ることがなくても、親の日常の挙措を目にし、会話を耳にしているものである。ことに同じ職場の人との電話によって、上役・同僚・部下への言葉の使い分けなど、無意識のうちに子どもの身についていくものである。

ことにオーナー社長の家庭に育つ子どもは、日常性カルの中で自ずと帝王学を学習している事が少なくない。

麻生太郎さんは、幼い頃祖父吉田茂首相の膝の上に抱かれながら、池田勇人・佐藤栄作など日本を代表する政治家の会話を耳にして居られたようであるが、それは誰でもが経験できない貴重な体験で有り、吉田首相から譲り受け、今日の政治家麻生太郎を作り上げた無形の財産であるに違いない。

またご母堂麻生和子夫人の交友先であった欧米諸国の要人との人脈も、太郎さんが譲り受けられた貴重な遺産であり、今日麻生外交の大きな力となっているものと思われる。

世襲を否定するということは、これらの掛け替えのない財産を放棄することと成り、国家的大損失を招くこと必定と思われるが如何なものだろう。諸賢のご批判を仰ぎたいと思う。



(平成二十五年二月二十五日)

ramtha / 2013年5月22日