昔は書類を閉じるのには、細長くした和紙を指先で縒(よ)り合わせて作った紙縒(こよ)りを用いていたものだが、いつの頃からか、至極便利な金属製のホッチキスが使われるようになった。事務所ではもちろん、今では家庭でも常備品となっている。
昨日の毎日新聞には、そのホッチキスの命名の由来を紹介している。私は毎日のように愛用して自分の指先のような感覚でいる。そんなことだから、その全文を書き留めておく。
文具の「ホッチキス」は英語名のようにも聞こえるが、英語圏では「ステプラー」と呼ばれている。ホッチキスは日本で広まった名称で、その発端を作ったのが、現在はオフィス家具の製造販売をしているイトーキだ。同社は伊藤喜商店だった1903年、米国から卓上用ホッチキスを輸入して販売を始める。
当初は「紙つづり機」などの名称で売り出したが、よりハイカラな名前にしたいと考えた。そこで目をつけたのが製造元の米国企業名であり、発明者名ともされるホチキスだった。
名称をカタカナに切り替えた結果大ヒット。その後他社も製造を始め、ホッチキスは徐々に普及した。実は名前の由来となった発明者が誰なのかは定かではない。機関銃の発明者のベンジャミン・B・ホチキスや、米国の製造元ホチキス社の創業者エーライ・H・ホチキスとの説がある。また二人は兄弟との説があるがハッキリしていない。
一方、ホッチキス製造で現在最大手のマックスは、一九五二年、片手で閉じることができるタイプの「SYC・10」を発売。卓上より手軽に使うことができるため家庭でも普及し、職場では社員一人一人に行き渡るようになった。マックスはこれまでに四億台超のホッチキスを販売した。紙四十枚まで片手で閉じられるものや、紙製の針を使うものを開発するなど、ホッチキスの進化は続いている。
ここには紹介されていないが、家屋の屋根瓦の下に敷くベニヤ板を取り付ける釘の代わりにホッチキスを使用しているのを見たこともあるし、段ボール箱の梱包は今日大型のホチキスがもっぱら用いられている。
考えてみれば、ホッチキス以外にも、ゼムクリップ、セロテープ、ガムテープ、ボールペン、コピー機、口紅タイプの糊、チューブ入りの接着剤などなど、昭和初期にはなかった簡単便利な事務用品がふんだんに出現している。
さらに最近では、多機能の携帯電話など、大正生まれの老骨には、どう扱って良いか分からない生活器具が次々に現れて来る。若い人たちは、それらの器具を駆使して快適な日々をエンジョイしているのだろうが、私のような老人は、これらの新器具を前にして、ただ困惑するばかりである。
だが、今の若い世代が我々のような老境になるときは、今とは比較にならない、多くの新しい生活器具に取り囲まれ、私たち以上の難儀をするのではあるまいか。
文明の進化は必ずしも人間に幸せをもたらすものとは限らないようである。
(平成二十七年九月二十日)
ramtha / 2016年2月4日