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三月二五日 「アメリカ大統領選挙」

今年はアメリカ大統領選挙がある。目下、民主党、共和党それぞれの候補者選びの真っ最中だが、話題はもっぱら前例の無いトランプ氏の毒舌演説である。

昨日の毎日新聞のコラム「経済観測」欄には、政治アナリストの横江公美女史が「トランプ氏に見る米国の本音」と題して次のように書いている。

米国の実業家ドナルド・トランプ氏は今年九月、豪華なトランプ・インターナショナル・ホテルをホワイトハウスと連邦議会のちょうど真中にオープンさせる。かつて、中央郵便局として使用された歴史的建造物のオールド・ポスト・オフィスを改装してできる五つ星ホテルだ。

今週の月曜日、トランプ氏はその場所で記者会見を開いた。ビジネスをしながら大統領予備選挙を戦い、共和党で支持率トップを維持するという異例ずくめのトランプ氏だが、ホテル開業に関するこの会見で注目を集めたのは、イラクやアフガニスタンで戦闘の経験があるという黒人女性の質問だった。「新しいホテルは退役軍人を雇う予定はありますか?」という質問にトランプ氏はどんな仕事をしたいのかをたずね「後はそっちで話してくれ。給料の折り合いがつけば、君はワシントンで職を得るよ」と言って、次の質問を受けた。

見事である。こういう対応を見せつけられると、トランプ大統領の可能性がないわけではないと思えてくる。ただ、日本にとってはきついな、と思わざるを得ない。なぜなら、トランプ氏は今までの大統領と比べるまでもなく、そして現在の候補者の誰よりも日本に厳しいからだ。

例えば、トランプ氏は常々、日米同盟では日本がフリーライダー(ただ乗り)だと非難している。米国が日本を助けても、日本は米国を助けないし、米国が日本を守るために中国を攻撃したら第三次世界大戦になるがそれでもいいのか、などと発言している。

彼のこうした発言を私たちは暴言と思いたいが、彼の支持率の高さを考えると、実は多くの米国人たちの本音である可能性も高い。今後の米国の方向を予測するためにも、トランプ氏の発言を、念入りに観察する必要がある。

これを見て感じたことを書き留める。

① 日米同盟について「日本ただ乗り論」がアメリカ人の本音とする横江女史の観察は、さもありなんとは思われるが、敗戦を経験した世代としては、大事な前提が欠落しているといわざるを得ない。

② 無条件降伏した日本が、当時のアメリカを主力とする占領軍の指令に従わざるを得なかったことは致し方ないが、一切の軍備を禁じたのはGHQであり、戦争放棄の平和憲法も実質的にはその指示によるものである。戦後七十年経過し、今の世の中では忘れ去られているのかも知れないが、屈辱感を経験した者として後世に伝えなければならないと思っている。

③ 実際には当時は米国・ソ連の冷戦下であり、また、昭和二五年六月には南北朝鮮戦争が勃発するなどあり、昭和二五年にはGHQの指令により、警察予備隊(自衛隊の前身)が創設され、再軍備への第一歩を踏み出している。

いうなれば戦後の日本は、移り気なアメリカの気の向くままに踊らされてきたということである。

(注)日本史年表(東京学芸大学日本史研究室編)より

昭和二一年三月二日  政府、GHQ草案の趣旨に基き憲法改正草案作成(四日GHQに提出。五日確定草案作成)
昭和二一年三月六日  政府、憲法改正要綱発表。
昭和二一年十一月三日 日本国憲法公布。
昭和二五年六月二五日 朝鮮戦争勃発
昭和二五年七月八日  マッカーサー、吉田宛書簡で警察予備隊創設・海上保安庁増員を指令
昭和二五年八月十日  警察予備隊令公布。即日施行。
昭和二六年二月二日  ダレス特使、対日講和につき集団安全保障・米軍駐留方針を表明。
昭和二六年九月八日  対日平和条約一日米安全保障条約調印。
昭和二七年八月一日  保安庁(警察予備隊・海上警備隊を統合)発足
昭和二七年八月四日  吉田首相、保安庁幹部に「新国軍の土台たれ」と訓辞
昭和二七年十月一五日 警察予備隊を保安隊に改組

毎日新聞はもう一つ、在米コラムニスト・町山智浩氏の「白人貧困層 怒りの受け皿」と題する次のような論説を掲載している。

アイオワ州とアリゾナ州で、トランプ氏の集会に参加したが、支持者が一番盛り上が。たのは彼が「他の共和党の侯補たちはウォール街から何千万ドルも選挙資金を
もらってやがる」と攻撃する時だった。「そんなやつらが庶民のための政治をするはずがないだろう。でも、わたしは自分の持ち出しだ!」と言って喝采を浴びた。

米国では一九八〇年代のレーガン政権以降、共和党が提唱する新自由主義経済が続いた。企業買収の自由化で資本の集中が進み、製造業の海外移転などで利益は拡大したが、国内労働者の仕事は失われた。この三五年で富裕層の税率は五割から三割に下げられたが、最低賃金は伸びていない。格差は広がり、上位一%の金持ちが米国の富の半分を独占する事態になった。

格差是正政策を進めた共和党だが、その支持基盤は南部や中西部の郊外に住む低所得の白人キリスト教徒だった。彼らの票を得るため、共和党は彼らの価値を守ると公約してきた。つまり、人工妊娠中絶や同性婚の禁止、マイノリティーへの優遇制度や福祉の廃止、銃所持の権利護持、移民排斥、学校での進化論教育の禁止だ。ところが、公約は実現することがなかった。

なぜなら、彼らと逆の価値観を持つ非白人や非キリスト教徒、都市の住民の人口が増えているからだ。一九八〇年には八三%もいた白人は現在六二%。二〇四三年には五割を切る。中絶も同性婚も銃規制も国民の過半数が支持してる。共和党は何もしてくれない、と幻滅する支持者を、もともと共和党員でないトランプ氏が横取りした。

マーケティングにたけたトランプ氏は、共和党が票集めのために薄めて売っていた非白人への「憎しみ」を濃度100%で提供した。貧しい白人の怒りの矛先をイスラム教徒や不法移民のメキシコ人、経済的に豊かな中国や日本に向けさせた。共和党内では白人の減少から党を救うために中南米系を取り込もうとし始めていたが、トランプ氏が台無しにしてしまった。

すでに共和党員の過半数がトランプ氏を支持している。党を乗っ取られるのを恐れる共和党執行部が別の候補を立てても、党員は支持しないだろう。もしトランプ氏が本選に出ても、白人が9割を占める共和党内でしか通用しない。「米国をもう一度偉大な国に」というスローガンは白人にしか響かない。黒人や中南米系は過去よりも今が確実に生活が良くなっているからだ。

貧しい人々が大富豪に熱狂するのは不思議だが、作家カート・ボネガットがこう書いている。「アメリカは最も豊かな国だが、国民の大半は貧しい。彼らは自分をあざけり、成功者を称揚する」。敗者には何もやるなという競争主義のおかげで勝者は富と尊敬を独占して来た。だが、富の再分配を掲げる社会主義者バーニー・サンダース氏も格差に苦しむ若者の支持を集めている。彼も民主党の部外者で、ヒラリー・クリントン前国務長官ら主流派を共和党と大差ないと批判している。サンダース氏とトランプ氏という左右両極から二大政党制が揺るがされている現状だ。

これを読むと、考えさせられることが、幾つか脳裏を横切る。

平成十三年九月十一日、ニューヨークの貿易センタービルに飛行機が突っ込み崩壊する同時多発テロが発生した。当時のブッシュ大統領はただちに、テロ撲滅のためアフガニスタンに侵攻、さらに平成一五年には仏・独・露の反対を押し切って英国とともに第二次イラク戦争に突入した。フセイン大頭領を拘束したものの、現地の治安は混乱し、今日に至るも中東はテロの巣窟と化したままの状態が続いている。

オバマ大統領になって戦線縮小を企図しているようだが、現地の治安悪化のため、それも容易ではないようである。アメリカ国内では長年の戦争疲れで、国民の意識は内向きにな。ているとも耳にしている。こうしたことが、トランプ氏やサンダーズ氏への支持拡大を招いているのではと思われる。

クリントン女史もそうした空気を察知してのことか、「アメリカは世界の警察官の役を下りる」と発言しているとも言われている。

ブッシュが世界各地で戦闘を始めたことは、要らざることであったことは間違いないが、なぜ外交努力をしなかったのだろう。絶大なアメリカの軍事力を背景にする外交は相当の成果を得られたものと考えられるのに、惜しいことをしたものと思われる。

アメリカの力に陰りが出たとはいいながら、まだまだ世界一であることに変わりはない。そのアメリカが世界の警察官を辞めたら、世界は今日以上に混乱し、紛争はより多発することになるに違いない。

躍進を続ける中国と対峙する日本としては、同盟国アメリカの指導者に、もう一度自信を取り戻してもらいたいものである。

ramtha / 2016年5月23日