昨日の毎日新聞には、「カタルーニャ 独立宣言 州二分」の見出しの記事が報じられていた。その記事には元毎日新聞外信部長仲居良則氏の次のような解説がつけられている。
あの時も赤い四本の縞が並ぶ黄色いカタルーニャの旗「サニェーラ」が地中海の風に翻っていた。一九九二年、オリンピック取材でバルセロナを訪れた時だ。スペインの五輪ではなく、カタルーニャの祭典として祝うのを見て、民族の誇りと自信に驚いた。いま、自治州議会の一方的独立の決議を祝う人々はやはりサニェーラを振りながら、みなぎる誇りは四半世紀前より強まった。だが、マドリードの中央政府に自治権を奪われ、どの国にも承認されず、自信どころか成功のめどさえ立たない独立となってしまった。
フランコ政権が終わりカタルーニャが自治を取り戻したのは一九七九年、それ以来、訪れる度に感じたのは、同じスペインなのに違うということだ。記憶と言葉と経済が違う、独立派から見ればカタルーニャの歴史はマドリードの支配との闘いだった。一九三〇年代、王政が倒れ念願の自治政府を作り、スペイン内戦では共和国の拠点として反乱軍に最後まで抗戦した。フランコ独裁下、自治もカタルーニャ語も禁じられ屈辱に耐えた。弾圧と抵抗の記憶を思い起こす時もあるだろう。
独立しかないと、人々が思いつめたのは逆説的だが豊かな経済のおかげかもしれない。一人当たり域内総生産(GDP)はスペイン全体より一・二五高い。独立すれば、ポルトガルより大きい。欧州連合(EU)とユーロ圏に加わり、ブリュッセルの政策決定に直接参加する。そんなグローバリズムに開かれた繁栄を期待する人もいるだろう。
EUや欧州政府の反応は驚くほど冷淡だ。自国に飛び火しないよう絵に書いた餅で終わるのを待っているようだ。だが、スコットランド(英国)、ロンバルディア(イタリア)、フランデレン(ベレルギー)など自治拡大や独立を夢見る草の根の人々は目を凝らしているだろう。エリート既成勢力が統治し、税金を巻き上げるばかりで生活に還元しない現状への不満は、世界に広がる。政治が作り出すはずの国民統合の一体感に疑問を持ち始めた人々にとって、スペインの危機はこれから各地で起こるドラマの前兆に見えるかもしれない」
この解説を見て、初めて教えられたこと、感じたことなど書きとめることにする。
①書くことを仕事としている新聞記者の、しかも、時間を争う記事でもないのに、文章のお粗末さに呆れ果てた。
②これを見ると、カタルーニャ人は、スペイン本国の人々とは、言語を異にしているようだから、もともと人種も違うのではないかとも思われる。
③徴収された税金が、自分達の地域の発展に還元されない不公平は、日本各地でもあるが、時にマスコミが話題とすることはあっても、社会問題となるまで騒がれたことはない。日本人は、淡泊で諦めが早いからだろうか。
④そうだとして、なぜ日本人は諦めやすいのだろう。何時までも自らの欲望に固執すると、他人と衝突し争うことになる。外国人より争いが嫌いな性質なのは、欧米に比べて、紛争の解決を裁判で争うより示談に頼るケースが多い現状が証明している。
⑤長年、小さな島国で、概ね同じ人種の人々と生活してきた日本人は、他人と争い不愉快な思いをするより、多少自分が譲っても、相手と仲良くすることで、そんな思いを避けたいのではないか。
⑥人間の生活習慣の相違は、その善悪は別として、互いに不愉快な思いをすることは常にある。嫁・姑、お互い習慣の違いを我慢しての暮らしは、何千年も昔から続いている。
⑦紛争の結果は100点か0点かだが、お互いに我慢した場合は、双方70~80点というところではないか。日本人は100点を捨てて80点くらいで収め、心の平安を手に入れることで、満足してきたのだろう。
⑧韓国では、一歩譲れば、相手が一歩踏み込んでくるとか、これでは譲ったことが何にもならない。
⑨大陸では、国境が地続きで、常に紛争が絶えない所もあると聞く。殊に、ジンギスカンの拡大政策の嵐に見舞われた欧州各国など、過去の経験と記憶が互いに譲りがたい最大の要因では、と思われる。
⑩こうしてみると、雑多な民族が混在する欧米諸国では、庶民が日常、穏やか暮らすことは容易ではないに違いない。
ramtha / 2018年3月31日